舞台裏「画狂老人卍」

執筆のきっかけ
 3作目のテーマを葛飾北斎に選んだのは、非常によくありがちな、葛飾北斎の紹介を見たのがきっかけでした。

 私は、息子に葛飾北斎にちなんだ名前を付けてしまうほどに北斎が好きです。
 絵自体はもう飽きるほどに見すぎてしまったせいで、最近ではむしろ月岡芳年や歌川国芳などのほうが好みだったりもするんですが、私にとっての北斎は、もはやそういう次元の「好き」を超えて、その生きざまに惚れ「自分も北斎のように生きたい」と仰ぐような心の師なのです。

 そんなわけで、私の脳内には長い年月をかけて形成された「おれのかんがえたさいきょうの葛飾北斎」が完璧に構築されているのですが、葛飾北斎というのは非常に残念なことに、海外で必要以上に高く持ち上げられたために、日本ではそれを逆輸入する形で主体性なく評価されてしまっている人物なのです。
 その結果、北斎が小説や映画などに登場する際には往々にして、ストイックで真面目な美の探究者みたいな感じでカッコよく描かれがちでして、彼の変人ぶりは完全にスルーされることがほとんどです。
 私がその時たまたま見た北斎の紹介も、「米誌『ライフ』が選んだ『この1000年間に偉大な業績をあげた世界の人物100人』に唯一選ばれた日本人」という聞き飽きた枕詞とともに、やっぱりそんな感じの描かれ方をしていて、私は思わずカッとなって叫びました。

「こんなものは北斎じゃねえ! 北斎は……北斎はな……苦悩なんてしねえんだよッ!」

 ちょうどその頃、3作目に何を書こうかを検討している時期だったのですが、それで怒りにまかせて一気にプロットを組んで、北斎を主人公とする小説を書きあげました。本当はもっと腕を上げて、北斎を描くにふさわしい小説家になってから書こうなどと思っていたのですが、結果的には、そんな悠長なことはせず、その場の熱情にまかせて北斎愛のほとばしるままに勢いで書けて逆によかったのかなと思います。

裏話
「四.画狂老人と娘」はお栄のBL趣味の話ですが、これを書くにあたり、果たして江戸時代にBL絵というのは存在したのか?という点を確かめる必要がありました。
 ですが、江戸時代の春画を扱った本はたくさん出ているのですが、男色の春画の絵となるとほとんど情報がありません。途方に暮れていたところ、なんと早川聞多「浮世絵春画と男色」なる本があることを発見。さいたま市の図書館には置いてなかったものの、久喜の県立図書館から取り寄せが可能とわかりました。

 で、ようやく情報を得ることができた江戸の男色絵。想像以上でした。「三連結」とか普通にやってます。男が女に挿入し、その男にもう一人の男が背後から挿入するという人間電車ごっこです。時にはそれに犬まで参戦しようとしていたりします……ご興味がおありの方はぜひ読んでみてください。

小ネタ
「三.画狂老人と阿蘭陀人」の114ページに、お栄のセリフで
「できるかな? じゃねえよ。やるんだよ!」
というのがありますが、これはネットミームと化した有名なネタ画像が元ネタです。NHKの教育番組「できるかな」に登場するノッポさんが、邪悪な笑みを浮かべながら竹ひごを見せている画像に付けられたセリフです。「できるかなじゃねえよやるんだよ」でネット検索すれば出てくると思います。

また、各話に登場する絵の一部には元ネタがありますので、ここでご紹介しておきます。

三.画狂老人と阿蘭陀人

四.画狂老人と娘

五.画狂老人と将軍